さまよう爪
それであたしね。

「すみれがいるアパートに智春くんが上がりこんだことを知って、思わず気が動転して、すみれをぶってしまったのだけど、爪をイタズラされただけだと知って、ホッとしたのよ。あの子を、勝手に危ない子扱いして、すみれをちゃんと紹介しないで、今では悪かったかもしれないと思うわ。今日、立派に喪主をつとめていたのでしょう?」

「……うん」

黒いスーツに身を包んだあの人、智春さんは、10年前と変わらず少し癖のある髪をして、あの日のあの部屋を思い出させる暗い目をしていた。髪はあのときと同じ茶髪ではなくなって、黒い色をしていたけれども、どこか何事にも本気でないような、そういう雰囲気を身にまとっていた。

あの人が、わたしの、爪と心を染めた人。

そして。

本当の、お兄さん。

突然真相を知ることになり、キャパオーバーになってもおかしくないのだけれど、わたしの心の波立ちは、少しずつ、少しずつ、収まっていった。

この爪から色を落とすとき、それがわたしの恋の終わり。









 
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