意地悪上司は私に夢中!?
日の長い季節、外はまだ薄暗い程度だ。

来た道を戻って山を登り、またくだり、都会の景色へと移り変わっていく。

「…ねえ永瀬さん、なんで手出さなかったんですか?」

信号待ちの永瀬さんはこっちを向いてきょとんとし、また前に向き直った。

「言ったろ?泣いてたから…できなかったって」

そういうもんなのかな。

私が『抱きしめて』って言ったんだったら…

永瀬さんだって酔ってたはずだし、そうなってもおかしくなかったんじゃないかな。

「何。抱いてほしかった?」

「違いますよっ」

永瀬さんは意地悪にニヤッと笑った。

「でも、泊まったのはその時だけじゃなかったし…」

「好きな人以外としたくないって言ったじゃん。
会議室で泣いたとき」

「え?」

『好きでもない人と、そんなことしたくなくて…
だけど、私なんかのせいで仕事潰すわけにいかないから…』

そうだ。杉田部長の件で、確かに私そう言って…

「手出さなくてよかったよ。最初の時。
もちろんこの前も。
俺のこと信じてもらいたいから、そのくらいの誠意は見せたい」

…いい人なんじゃん。やっぱり。

誠意なんてもうとっくに伝わってるよ。

永瀬さんは誠実すぎるくらいに誠実な人。

そんなのもう、ちゃんとわかってる。

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