風と今を抱きしめて……
~一郎~

 一郎は、書斎で大きな黒の革の高級そうなソファーに、谷口と向き合って座っている。

 大輔と真矢のハワイ行き、ユウの退職の忙しい一日に今夜は谷口と飲みたかった。

 一郎は、大きな決断をした時は、必ず谷口を書斎に呼ぶ。


 いつもは、一郎の話にただ黙って耳を傾けている谷口だったが、

 今夜は谷口の方から口を開いた。


「社長は、こうなる事が分かっていて大輔さんを日本に呼んだのですか?」


「まさか、いくら私でも人の気持ちがどう動くかなんて分からんよ。ただ、いつまでもユウをこのまま縛っておいてはいかんと思っていたが…… 
 少し長すぎたかもれん。愛着が深くなって、逆にあいつを傷つける結果になってしまったのかもしれん……」

 一郎が、悲しげに水割りのグラスを口に運んだ。


「ユウさんは幸せだったと思います。ユウさんにとって必要な時間だったんです」



「そうであったならいいが…… それと、梨花が大輔をえらく気に入っていたからな…… 大輔がどんな奴か、少し気になって見ておったのだが…… 仕事も出来るし、人から信頼もされているんだが、時々見せる悲しげな冷たい目が気になってな……」


「それで真矢さんに引き合わせたんですか?」


「確信があった訳じゃない。ただ、昔私もそんな目をしておった気がして…… でも幼い真矢に会って、何かが変わったからな…… 真矢が大輔とユウどちらを選ぶかは解らなかったが……」


「真矢さんは、あの時、大輔さんの腕を掴みましたね…… いつもはユウさんか私だったのに。
 大輔さんなら真矢さんと陸くん必ず守ってくれます。やっぱり、社長が三人を救ったんですよ」


 一郎は、谷口の目を見て言った。


「お前も、私の所に初めて来た時、あいつらと同じ目をしていたぞ……」


 谷口は、驚いたように一郎の目を見た。


「私も社長に救われました」


「いいや、私が救ってもらったんだ…… 友紀子と千秋も笑っておるかもしれないなぁ」



 一郎は、ユウ、真矢、陸、大輔の顔を思い浮かべ、谷口とグラスをカチンと交わした。
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