その男、極上につき、厳重警戒せよ
お金を送金してくれたことには感謝している。だけど、私の戸籍の父親欄には誰の名前もない。
つまり、彼は私を認知していないのだ。
それどころか、母のお葬式にさえ来なかったし、私に対しても言葉を交わしたことさえない。
最終面接では社長もいたのだから、名前や顔で私が娘だとわかったはずだ。
だけど私は、普通の一般社員が社長と話す機会などないのと同様に、社長と話したことは一度もない。
社内部署にいた時は、顔を合わせることすらなかった。
知らぬふりを続けているのは、愛人の子だから?
そう思ったら、のんきに生きてきた私の中にも、復讐の火が灯った。
とはいえ収入源がなくなると私だって困る。会社をつぶしてやるような大きな復讐なんてできるわけがない。
せいぜい受付にいて、自分の存在を社長にアピールすること。目障りな愛人の子が、実はあなたの会社の顔として働いているんですよと見せつけるため。それが……私にとってのささやかな復讐だったのだ。
「なんで私が社長のために身を潜めなきゃならないんですか」
そう言ったら、彼の瞳がすうと冷えた気がした。
「……君だって会社の一員だろう? 【TOHTA】は遠田社長の経営手腕でもって業績が伸びた会社だ。今社長交代なんかしたら株価はだだ下がりだぞ?」
「社長がすごいのくらいわかっています。父親から受け継いだ小さな会社を一代で全国レベルの会社にまでしたんですから。ただ、……愛人の葬式に顔も出さないのはずるいと思うだけ。大体、私が受付にいてまずいと思うなら、そういう辞令をだせばいいだけじゃないですか。それさえしないのは、私のことが目にも入っていないからでしょう? なのにそれもしない。……分かりますか? 憎まれるのよりずっとひどい。実の父親かもしれない人に、存在さえないように扱われている私の気持ち」
ポロリと出てしまったのは本音だ。
母の死以降、送金は止まっている。それは別にいいのだ。私は、生活に困ってるわけじゃない。仕事も始めたのだから一人で生きていける。
「ただ……」
娘だと思うのなら、そう言って抱きしめてほしい。
今更認知してほしいなんて思わない。ただ、天涯孤独ではないと感じさせてほしいだけ。