その男
他の女のところへ行って帰ってこない旦那への当てつけか、それともその寂しさを埋める代償か。
偽物の感情をちらつかせ、空っぽの会話を交わすここは自分にぴったりの場所だ。
「好きだよ」
弦楽器の低音のような声が降ってくる。
頬を一筋の涙が伝った。
陽子はすがりたいのかも知れない。
空っぽは空っぽじゃないんだと、偽りは真実を隠しているだけなのだと。
賢一の中に自分を探すかのように陽子はこのBarに足を運ぶ。
「わたし、ほんとうにケンちゃんのことが好きよ」
好きよ、の声が震えて擦れた。
雨の降る音が聞こえる気がする。