その男


「ふーん、じゃあ、恋しい、かな」

 もう一杯いくでしょ、と賢一はシェイカーを手に取る。

 意味ありげな期待だけ持たせ軽やかに賢一は遠くへ行ってしまった。

 陽子は最近の女たちのように仕事や人生の生き甲斐となる目標などを持ったことがない。

 恋をし愛し愛されることだけが陽子のすべてだった。



「わたしね」


 グラスのチェリーをつまみ上げ小さく振る。

「恋が恋しいの」

 自分の世界が一人の男で回っていた時間が恋しい。



「ねえ、ケンちゃん」

 目の前にいる賢一をどこまで本気で好きなのか自分でもよく分からない。



「ケンちゃんはわたしのこと好き?」



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