不器用王子の甘い誘惑
 せっかく紗良と職場の席以外で会えたのに、周りの女の人たちに押されて話もろくに出来なかった。

「松田さん。さっきの子に興味あるんですか?」

「いや……職場の席が隣だからね。」

「ヤダ〜。そんなことで気にかけてあげるなんて松田さん本当に優しいんだから。」

 会社ではみんなに知られたくなさそうだった紗良にどう接していいのか……。
 それにまだ紗良のことをどう自分が思っているのかハッキリしていない。

 思わず声をかけるとか、何やってんだか。

「ほら。早くA定食に並びましょう?」

 促されて列に並んだ。

 一緒に食べましょうと言う何人もいる女の人。
 今、近くにいる人達はもちろん、会社にはもっとたくさん女の人はいるし、それに今までだってたくさんの人に出会って来た。

 その中でも紗良は何かが違う。
 そう思い込んでいただけだったのか。

 亘の言っていた「爽助の方が夢から醒めたら」が今さらながらに重くのしかかる。

「悩み事ですか?」

「いえ。すみません。なんでしたか?」

「ううん。松田さんは悩んでいる姿もかっこいいねって話していたんです。」

 かっこいいです。素敵です。
 王子様みたいですね。

 言われ慣れた言葉は上手く心に響かない。

「そう?ありがとう。」

 お礼も簡単に言える。
 それなりに心を込めているみたいに言える。

 それなのに……。

 紗良のことをどう思っているのか自分でも分からないのに、今、目の前にいる女の人たちじゃなく、かなり離れた所にいる紗良を見てしまう。

 目の前にいる人達との会話よりも、午後からの仕事に気持ちがいってしまう。
 初めて紗良と大きな会議に出るから。

 こんなに心を占めているのは紗良なのに。

 俺の求めているのは今の紗良じゃないのか。
 思い出をただ追いかけているだけなのか。

「あら。爽助……。
 あなたって案外、女心が分からない人だったのね。」

 昼食を共にしているメンバーをチラッと見た通りがかりの麗華が呟いて去っていった。

「何よ。麗華様だからって。」

 嫌味を言われたと思った人達が文句を言っている。

「気分を悪くしたのなら俺が謝るよ。
 俺の昔からの知り合いなんだ。」

 文句を言っていた人達も「そんなことないですよ〜」と取り繕っている。

 麗華は意味もなく嫌味なんて言わない。
 でも今の俺は女心どころの話じゃないんだ。

 自分の気持ちに捜索願を出したい気分なんだから。




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