不器用王子の甘い誘惑
 遠出のドライブは楽しかった。

 車内に流れる曲を口ずさむ紗良。
 その横顔をわざとらしく信号待ちに見つめて。
 気づいた紗良が「青ですよ!」って顔を赤くして笑ったりして。

 敬語は相変わらず抜けないけど、笑いが絶えない楽しいドライブだった。



 サービスエリアに停まると意地悪を言ってみた。
 こんなにからかいたくなるのも紗良だけだからなんだか不思議な気持ちだ。

「ちょっと休憩しよ。
 ただし、敬語なしの爽助呼びが出来たらね。」

 目を丸くした紗良がもじもじして可愛い。
 だからからかいたくなるんだよなって自分を正当化したりして。

「爽助さん。運転ありがとうご…………わす?
 もう!何を言いたいのか分かんない!」

 真っ赤になっていく紗良の手をつかんだ。

「ごわすが可愛かったから手を繋ぐで許してあげる。」

「………女子トイレまで来ますか?」

「フッ。ついて行こうかなぁ。」

「ダメに決まってます!」

 また敬語……。
 まぁいいかと「ドア開けるから」と紗良を車内に残した。

 ドアを開けて手を差し出すと紗良が手を添える。
 王子様がお姫様を出迎えるように。

「あの……松……爽助さんがやるとすっごく目立つので恥ずかしいです。」

 誰に見られてもいいのに、俺はみんなに自慢したいくらいだ。

「もう!聞いてますか?」

 怒る紗良に聞こえないふりをする。

 それでも紗良は手を振り払おうとはしない。
 右手の中にある小さな手をこのままずっと離さずにいられたら………。

「松田さん?
 本当に女子トイレに行きますか?」

「だから爽助!
 本当についていくよ?」

 慌てた紗良が「爽助さんは男子トイレへお願いします」と手を離した。
 逃げていくすり抜けた手をつかみ直すと「ん?」と小首を傾げた紗良が振り返った。

「いや。なんでもない………。」

 からかうつもりが、こっちが振り向いた何気ない表情にやられるなんて。
 運転中のやられっぱなしを仕返しするつもりが見事に返り討ちだ。

 それはそうか……。
 俺の一方的な…………想いだから。








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