不器用王子の甘い誘惑
 車に乗るとエンジンをかけずに紗良の手を取った。
 向かい合うようにして、瞳を見つめる。

「何度も言おうと思ったんだけど……。」

 心臓が壊れそうなくらいに音を立てて、それでも言わなくてはと口を開いた。

「練習に付き合ってくれてありがとう。
 俺の片思いの相手は目の前にいるよ。」

 目を丸くした紗良は意味が理解できないという顔をしていた。

「えっと、まだ演技は続いてますか?」

 フッと笑みをこぼして「そうじゃないんだ」と告げる。
 そして、もう一度言葉を重ねた。

「好きだよ。紗良。」

 みるみる赤くなる顔に本当のことだと伝わったみたいだ。

 言葉にすれば簡単な2文字で、だけどその中にはたくさんの想いが詰まってる。
 言葉じゃ足りないくらいに。

 それをどうやって言えば伝わるのか分からないよ。

「俺にとって練習は練習じゃなくて、いつも紗良に向けた言葉だったんだよ。」

 紗良に好きだって言えたらどんなに楽かって思っていた。
 だけど今は胸が苦しくて紗良の答えを聞くのが怖い。

「あの……。まだ麗華さんのことも整理できてなくて………。」

「麗華はお互いに婚約者と呼ばれておけば、周りにとやかく言われないから否定しないだけで、本当に何もないんだ。」

 一芝居打つほどに信じて欲しくて、付き合ってるって嘘までつかせて。

「だってあんなに綺麗な人……。」

 芝居までしたのにやっぱりまだ信じてもらえないんだな。

「麗華とは似た者同士だからね。
 いい奴だな。とか、綺麗な奴だよな。とは思うけど。」

「本当に麗華さんは亘さんが好きなんですか?
 だって亘さんもかっこいいと思いましたけど……。」

「けど何?」

「……いえ。なんでもありません。」

「俺の方がかっこいいって?」

「自分で言わないでくださいよ。」

「自分で言わなきゃやってられないよ。」

 拗ねた声を出すとプッと吹き出された。

「紗良が俺に練習台になりましょうか?とか、さっきみたいに麗華さんはいいんですか?って言われて、結構傷ついてたんだよ?」

「……ごめんなさい?」

「そうだよ。もっと反省して。
 俺のこと好きになってくれたら許す。」

「な………。」

 分かってるよ。分かってる。





< 66 / 89 >

この作品をシェア

pagetop