淫雨
「…………笑うほどのことじゃないでしょ。
 雨、嫌だよ」

「ほんと、嫌そう」

「性格歪んでるんじゃない?」

「うわ、ひどい。でも図星じゃないことには凹まないよ、俺」


尚も彼は笑い続ける。困る。わたしはあなたが好きだから、非常に、困る。


伝えられない、彼は知らない。


「理由はわかんないけどさ、今ね、すごい可愛かったよ」

「……なに?」

「あれ? 変なの、さっき窓にらんでる時は可愛かったんだけど今のは普通に怖いや」

「ちょっと!」

「いや、いや、嘘じゃないよ、ほんと。さっきさ、可愛いなぁと思って癒されたんだから」

「なに言ってるの?」

「女の子の顔してたよ」


いつもはその双眼にどう映っているのかと問いただすための、あったかもしれない余裕なんて木っ端微塵に散っていた。


打ち砕かれた名前のわからないそれを拾い集めることが出来るとすれば、わたしではなく目の前にいる彼だけだろう。


でもそれが見えない彼は、きっとなにも知らずに踏み潰してしまう。


叶わない恋とはそういうものだ。


わたしも彼も、そういう恋をずっと繰り返している。


満ちて溢れ出した愛しさは枯れることも出来ない、落とした斧の持ち主をひたすら待ち続ける源泉のようなもので、幻想的な美しさがあった。現実味のない悲しみはそれでも心を蝕み。


視界のどこかで動いた彼の口元に気付いた。ぼやけた輪郭の理由をわたしは無視した。





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