aventure
空中分解
桜智はずっと鴻が来るのを待っていたが
結局、鴻は来なかった。

何度電話をかけても繋がらず
桜智は事故にでもあったのかと不安になっていると

ーごめん、やはり逢いにはいけないー

と鴻からたった一行の連絡が来た。

桜智はその夜、一睡も出来ずに朝まで泣いた。

一方、鴻は病院で凪の手術が終わるのを待っていた。

凪は虫垂炎にかかっていたとは知らず
ずっとお腹が痛むのを我慢していたらしく、
急性腹膜炎をおこし、
状態はかなり深刻だった。

凪は両親に心配をかけたくなくて
具合が悪くなってもなかなかそれを口にしない。

それは昔、凪が事件にあってから
凪の事で両親が言い争う姿を見てきたからだ。

具合が悪いと言えば
あの時のように父が母を責めるかもしれない。

そう思っていた。

鴻は凪の具合がこんなに悪くなったのは
桜智に逢いに行こうとした
自分への罰だと受け止めた。

だから鴻は祈ったのだ。

桜智を失ってもいいから
凪を助けて欲しいとただ願った。

その甲斐があってか凪の具合は少しずつ良くなった。

鴻は凪の笑顔を見て、
今までの自分を恥じた。

凪のような娘がいるのに、
この凪とほとんど年の変わらない桜智を恋愛対象として見ていたなんて
翠の言うように"有り得ない"事だった。

ただ桜智のことは可愛いし、心配だった。

既にあの若さで頼る人もなく、
生活する能力もない。

また自分のような男に甘えて
純粋な桜智が本気になって
いいように遊ばれ捨てられたりしたら…

このまま桜智を独りにしておいて大丈夫だろうか?

まだ幼い桜智が病院のベッドに横たわる凪と重なって胸が痛くなった。

桜智にも自分の代わりに支えてくれる信頼出来る存在が必要だと思った。

そして鴻は悩んだ末に決心した。

「波瑠…桜智の側に居てやれないか?」

波瑠は信じられないという顔で鴻を見た。
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