極上スイートオフィス 御曹司の独占愛
朝比奈由基の小さな嘘


《朝比奈side》


五年前、春

まだ彼女が入社したばかりで、僕のエリアの店舗に配属された時だった。



―――君は、会社舐めてるのかな。


咽喉の際まで出かかって、なんとか飲み込み咳払いで誤魔化した。


目の前には、今年高卒で入ったばかりの、まだ学生気分の抜けない販売員が拗ねた顔でパイプ椅子に座っている。


「だって、私こんな仕事だなんて聞いてません。接客じゃあないじゃないですか」


とある百貨店のバックヤード内、洋菓子フロア事務所の横の小さなミーティングルームを借りていた。
彼女の言い分は、こうだ。


自分は接客販売で入社したのに、倉庫整理などの力仕事が多すぎる。
もっと接客を優先させて欲しい。


毎年ひとりはこの手の輩に遭遇するな、と溜息が出た。


確かに洋菓子業界は見た目の可愛らしさに反して裏に回れば力仕事が多い。
可愛い制服を着て接客に憧れてきた販売希望の新入社員から、たまにこういう愚痴を聞かされる。


そこで、さっきの言葉が出かけた。
会社を、仕事を舐めくさっているのかな。


接客含む店内業務が彼女たちの仕事だ。
確かに男手が少ない店舗は何かと大変だろうが、僕が来た時は出来る限り手伝っているし、どこの店舗も、女性でも可能なように工夫してやっている。


……と、正直なところを口にして、すぐに辞められるのは痛手でもある。
百貨店の入店許可は、他の店舗よりも厳しい。


研修期間に経費も発生しているのだ、入店して一ヶ月で辞められてはたまらない。


「慣れるまでは大変だろうと思う。だけど、君はまだ入店してひと月でしょう。接客だってまだまだこれからいくらでも勉強してもらわないといけないし、裏方業務も君ひとりでこなしてもらうわけじゃない。店頭を任せられるようになれば、交代になるだろうからもう少し頑張りなさい」


優しい先輩の顔を続けるのも、楽じゃあない。

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