【短編】夕暮れモーメント




回れ右した私は、とぼとぼと歩いていきドアを開けた。


取っ手を握る手に力が入らなくて、入って来るときよりもずっと重く感じた。



「失礼致しました…」






ドアの隙間から、うっすらとサックスの音色が聴こえる。








「サックスは、好きか」






振り返ると、勝三さんは体ごとこちらに向
いていて、真っ直ぐな眼差しで私を見ていた。


「いや、別に、好きというわけでは」


「わしも嫌いだ。なら、わかるだろう。
きみは、好きでもないコンサートを聴きに行ったことはないだろう」




「はい」

 


「しかし、こんな施設に入ってみたらどうだ。興味のない音楽を聴かされる。やったことも無いちまちました工作をやらされる。若かったころは選べたことから何まで、今となっては全部強制だ。
老いることとはそんなことなのか」



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