千の春






次に日向と話したのは、桜が散り終わる4月の終わり頃のことだった。

学食に新メニュー、日替わり丼が出て話題になっていた。
他のメニューよりお高いが、たまの贅沢として人気を博していた。
数量限定だったので買えないこともしばしばだったが。

その日は運良く岬は日替わり丼を買えて、そぼろと卵の甘じょっぱさを味わっていた。
すると、静かに隣に腰を下ろす人がいた。

黄緑色のトレーナー。
だいぶ着古しているのが一目でわかる。
この、服装に気を使わない感じ、美術科の生徒だな、と思った。

音楽科の生徒はだいたいお金持ちの家の子なので、服もそれなりに良いものを着てくる。
いや、美術科の生徒にもお金持ちの家の子はいるだろうが、彼らはそういう人種なのか、あまり服に頓着しないのだ。


「岬」


突然名前を呼ばれ、動きが止まる。
岬の名前を呼ぶのだから親しい人なのだろう。
けれど、声に全然聞き覚えがなかった。

そっと顔を上げ隣を見ると、この前知り合ったばかりの隣人がいた。
黒縁メガネが鈍く蛍光灯の光を反射している。

いきなり名前呼びなんて馴れ馴れしいな、と思った。
せめて先輩なんだから「岬さん」くらい言えないのか。
岬の眉間にシワがよる。

岬の不愉快そうな表情には気づかないのか、日向は構わず話し始める。







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