千の春





「俺にはウタっていう友達がいる」

「・・・は?」

「10歳の頃、家の近くの神社のそばにいたお地蔵さんなんだけど、俺と遊ぶ時は鹿の姿になる」


電波か。
宇宙人か。
それとも、ただの虚言癖か。

岬は食べる手を止め、呆然とそう思った。
同時に、こいつとは関わらないほうがいい、とも。

突然、宇宙語を話し始めた隣人。
美術科は変人がたまにいる、とは聞いていたが、ここまで変だとは思わなかった。
一刻も早くこのテーブルを去りたかったが、そう上手くもいかなかった。

日向が岬に構わず話を続けてきたのだ。
しかも、ちゃっかり岬の分のお茶を飲み始めている。

間接キスだなんて照れている余裕はなかった。
そんな状況じゃなかったのだ。
すぐ隣で、頭のネジが外れた男が意味不明なことをつらつらと話し続けている。



「鹿と言っても普通の鹿じゃない。体は苔で覆われていて、背中にはオオイヌノフグリがちびちび咲いているんだ」


可愛い姿なんだ、と日向は言う。
あんたの頭はかわいそうなことになってるみたいだね、とは言えなかった。


「ウタはよく言うんだ。自分が神だったら、俺を連れて行けたのにって」

「・・・ねえ、それ、こわい話?」


怖い話だったら私苦手だから。
もう行くね。
それじゃあ。

そう続けて逃げようとしたが、日向はニコリと笑い岬の手を握ってきた。





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