千の春





あの時千春は何を考えていたのだろう。
いや、いつだって千春は何を考えているのか、本当のところは人に見せない男だった。

考えてみれば、岬と千春は喧嘩だってしたことがない。
喧嘩らしい喧嘩は、という意味だけれど。
岬が一方的に怒って千春に蹴りかかることは何度かあった。

けれど、言い合いになるようなことはなかった。
二人の間の空気が悪くなれば、いつだって先に引いたのは千春だった。

岬より千春の方がずっと大人だったということなのだろうか。

案外、私たちは寂しい関係だったのかもしれないな、と岬は思った。




大学生になって二度目の秋が来た。

秋は大学生活の中で一番忙しく、一番そわそわした空気になる。
学祭のせいだ。

そんなに力を入れなくても、と岬は引き気味だが、周りの友人たちはなぜか学祭に力を入れている。
一応、企画委員に籍を置いているので岬も仕事だけはしっかりしたが。


「教務の許可が取れても、そもそも備品の貸し出し数にだって限度があるんだから」

「グランドピアノの貸し出しに関しては、総務の方に許可を取ってください」

「パイプ椅子の貸し出しは最大60脚までって伝えたじゃないですか!」


会議のたびにギスギスした空気が構内に蔓延し、岬は家に着くたびぐったりしていた。
ピアノを弾くために大学に来たのに、何でこんな学校のお祭りなんかで神経を使わなきゃいけないんだ。







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