いつか、君の涙は光となる

嫌いだ

沙子がいなくなってから、一カ月が過ぎた。万里は大学生の彼氏と別れた。嫌いな夏を通り過ぎて、季節は秋へと移ろいだというのに、私の心はずっと灰色の靄がかかっているようだった。突然いなくなった沙子だけど、彼女は万里と二人で遊びに行った時にちゃんと引っ越すことを伝えていたようで、万里も取り乱すとなくその空っぽの机を見つめていた。
もう会えないのかな。万里はぽつりと呟いたので、そんなことないよと返したけれど、私とは一生会ってくれない気がしている。沙子、私は、一体どれだけあなたを傷つけたのだろう。

「詩春、おはよう。聞いてよ昨日の合コンの話!」
沙子がいなくなっても変わらない笑顔の万里には、本当に救われる。彼氏と別れてからずっと空元気な万里のことが心配ではあるけれど、思ったより泣いた回数が増えていないので安心していた。万理の恋話を面倒くさそうに聞いていた沙子は、もしかしたら彼女みたいに堂々と好きだの嫌いだの騒げることが羨ましかったのかな。
今となっては、もう遅いか。自分で自分に苦笑しながら、私は万理の話を聞き流していた。すると、サッカー部のエースである宗方君が急に話しかけてきた。

「なあ、詩春、沙子が抜けてお前ひとりになってから二年の先輩にいびられてない? 大丈夫?」
「え、なに急に」
「だっておかしいだろ、水泳部なのにお前だけずっとグラウンド走ってるなんて」
宗方君の言葉に、万理が驚いた顔で「そうなの!?」と詰め寄ってくるが、私自身はその話題には触れてほしくなかった。沙子が抜けた今、私は立場が益々弱くなり、今までなんとか練習にちゃんと参加できていたのは、沙子の泳ぎが上手いおかげで舐められていなかったからなのだと実感した。でもこれは、ある程度想像のついていた事態だった。

「まあ、先輩ももうすぐ引退だしね。引退したらこっちのもんだよ。私の代一人だし」
そう言って笑ったが、二人は心配そうな顔つきで私を見つめている。大丈夫。こんなことくらいで辞めたりしない。ひとりになったせいで水泳部を辞めたなんてもし沙子が知ったら、自分のせいだと思って悲しむと思うから。

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