契約書は婚姻届
最後、ぼそりと呟かれた言葉はなんと云ったのか聞き取れなかった。
聞き返そうとしたものの、くるくると指先で朋香の髪を弄んでいた尚一郎から口付けを唇に落とされ、誤魔化されてしまった気がする。

「朋香は僕に可愛がられるためだけにここにいればいい。
……って云いたいところなんだけど。
朋香が嫌な思いをするのは少しでも減らしてあげたいからね。
平日は野々村から、押部の嫁として必要なことを習って」

「はい」

いい子、いい子と、まるで子供みたいにあたまを撫でられてむっとした。
そりゃ、十も年上の尚一郎からしたら、朋香は子供にしか見えないのかもしれないが。

「式は、そのうちふたりだけで挙げよう。
そうだな、新婚旅行も兼ねてヨーロッパの古城でなんてどうだろう」

まるで夢でも語るように、朋香の髪を弄びながら尚一郎は話し続ける。

けれど、朋香にはいろいろ引っかかることばかりだった。
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