【長編】戦(イクサ)林羅山篇
死を覚悟した部隊
 稲葉正成はこれほど早く家康の
本陣が豊臣勢に衝かれるとは思っ
ていなかった。できれば初陣の松
平忠昌を出陣させたくはなかった
が、そうも言ってられなくなっ
た。
「若様、これが戦です。数の上で
は優る徳川勢が少数の豊臣勢に追
い立てられております。それは死
を恐れる者と死を覚悟した者の違
いです。これから若様の部隊も出
陣しなければなりませんが、今の
徳川勢と同じように死ぬ覚悟がま
だありません。どうか兵らに若様
のお言葉を賜りたい」
 忠昌の顔には動揺がなく、やる
気で高揚していた。この時には正
成が何を期待しているのかもすぐ
に察した。
「あい分かった」
 忠昌は馬に乗ると待機していた
兵らに向かって叫んだ。
「者共、よう聞け。我らはこれか
ら命を捨て大御所様をお助けす
る。命が惜しい者は、かまわん、
この場に留まれ。この忠昌と共に
戦う者は縁があれば再びあの世で
会おうぞ」
 そう言ってすぐに馬を走らせ
た。その後に続く正成。
 忠昌の背中の方から怒号とも雄
たけびともつかない声が響き、死
を覚悟した忠昌の部隊が出陣し
た。
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