【長編】戦(イクサ)林羅山篇
自分の役割
 家康は武家諸法度の「武芸や学
問に励むこと」や禁中並公家諸法
度の「天子の習得する第一は学問
なり」を自ら実践するように道春
を傍らにして論語を読み質疑し
た。
 政務は完全に秀忠が取り仕切る
ようになり、その厳格さは家康以
上と世間は戦々恐々としていた。
「道春、そなたは以前、秀忠を眠
れる龍といっておったが、どうや
ら龍が目覚めたようじゃ。道春は
どう思う」
「はい。私もそのように思いま
す。今は厳し過ぎるという者もお
りましょうが、新しいことを行う
のですから無理もないこと。その
うち慣れましょう」
「そうじゃな、しかし息苦しいの
はようない。気を緩めるところは
緩めてやらねばな」
「大御所様の仰せのとおりにござ
ます。物を上から抑えつければつ
ぶれましょうし、川をせき止めれ
ば溢れます。物は掌にのせて動か
し、川は少しずつ流れる向きを変
えてやるのがよろしい。同じよう
に人も命じるより、そうしたいと
思わせることが肝要ではないで
しょうか」
「それにはどうすればよいか」
「はっ、私は先の大蔵一覧を開版
させていただいた時、作業にあ
たった者たちが朝鮮に負けないも
のに仕上げようと、おのおのの技
量を極めようとしていた姿を見
て、人は目指すものが決まればそ
れに向かって努力するのではない
かと思いました」
「目指すものを決めてやるのじゃ
な」
「はい。大きくは天下の行く末、
小さくは民の役割を示すことにご
ざいます」
「ふむ。それが秀忠にも分かれば
よいが」
「お分かりになりましょう。なに
よりも今、上様がご自分の役割を
見つけておおいに励まれておられ
ますから」
「では、わしも自分の役割を見つ
けるとしよう」
 家康は老いてもまだ自分の能力
を極めようと武芸や学問に励ん
だ。その姿を見せることで戦乱の
世の次にくる民衆の生き方を指し
示した。
< 125 / 259 >

この作品をシェア

pagetop