【長編】戦(イクサ)林羅山篇
松平忠輝
 秀忠は家康の神号問題が解決す
ると天海がいない間に崇伝と松平
忠輝の処遇を話し合った。
 忠輝は秀忠とは母の異なる弟
で、家康が気まぐれで側室とした
町人の娘、茶阿が産んだ子だっ
た。そのため家康に愛情はなく、
生まれて間もなく下野長沼の大名
だった皆川広照に養育させた。
 物心がつくと父親に対する屈折
した感情が芽生え、広照を困らせ
た。しかし、八歳の時に長沢松平
家の名籍を継ぐと能力を発揮し、
下総佐倉五万石、信濃川中島十四
万石と加増を続け、左近衛権少将
の官位を授けられるまでになっ
た。
 今は越後高田藩主となり、川中
島を併合し七十五万石の大名と
なっていた。
 家康の子の誰よりも目立つ存在
になったことから、百姓の子から
天下を取った秀吉のように、町人
で家康の血をひく子として民衆に
支持されるのではないかと家康は
恐れるようになった。
 跡継ぎにした秀忠と比べてもそ
つがない。
 家康は忠輝が自分の前で悪ぶっ
て見せても、捨てたという負い目
があり、処罰できずにこの世を
去った。
 秀忠はこの機を逃しては後がな
いと考えていた。
「上様、忠輝殿はキリシタンと深
い関係にあると聞いております。
他のキリシタンに関係のある大名
を改易しておるのに、身内は何も
ないでは示しがつかぬのではない
でしょうか。それを口実にしては
いかがかと」
「そうじゃな。本来なら忠輝を自
刃させるところだが、わしは生か
してみたい。これからの世が本当
に戦のない天下泰平の世になるの
か。本当に親子、兄弟が憎しみ合
い、殺し合うことのない世になる
のか。試してみたい」
「その優しいお心が仇にならねば
よいのですが」
「わしは優しさで言っておるので
はない。武士は殺し合うためだけ
に生きているのではないことを世
に示したいのだ。武士の役割を忠
輝なら見つけ出すかもしれん」
「上様の深いお考え、恐れ入りま
す」
< 134 / 259 >

この作品をシェア

pagetop