【長編】戦(イクサ)林羅山篇
人質の身
 天皇は和子を哀れに思った。
「そなたにはなんの罪もないので
すが、私はそなたを受け入れるこ
とはできません。私には好きな人
がおり、すでに子も生しておりま
す」
「与津子様ですね」
「知っておいででしたか」
「でも帝は与津子様に愛情がおあ
りだったのでしょうか」
「もちろん。なぜそのようなこと
を」
「帝が私を見た時、お優しいお顔
をしておられました。もし与津子
様に愛情がおありなら、今でも私
を見ればお怒りの目で見られると
思います」
「……」
「でもどちらでも良いのです。光
源氏も多くの女と契りを結んでお
られますから、私も帝がこれから
色々な女と契ることを覚悟してお
ります。それが帝の人質となった
私の運命と思っております」
「人質。そなたは人質などではあ
りません。どちらかといえば私の
ほうが徳川に囚われ、なにもかも
言いなりの人質同然の身です」
「えっ、そうなのですか。しかし
ご心配にはおよびません。お爺様
も幼少の頃、織田、今川に人質と
なっておりましたが天下人になり
ました。帝もそのうち……。
あっ、これは失礼いたしました。
帝はすでに天下人の上におわす神
様でございました」
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