【長編】戦(イクサ)林羅山篇
家光の心意
 元和七年(一六二一年)
 春になって道春の身体にできた
腫物が小さくなると養生を兼ねて
摂州、紀州を巡って有馬温泉で湯
治した。その旅を記した「西南行
日録」「摂州有馬温湯記」や鎌倉
時代に吉田兼好が書した随筆「徒
然草」を注解した「野槌」を著作
した。

 秀忠は後水尾天皇に和子が気に
入られていることを知るとホッと
した。残る使命は天下泰平を磐石
なものとして、前年に十七歳で元
服し、竹千代から名を改めた家光
に引き渡すことだが、その家光と
の関係がうまくいかない。
 久しぶりに呼んだ道春にそのこ
とをふともらした。
「どうやら和子は帝とうまくやっ
ているようだ。近く竹千代にも公
家の姫を貰い受けるつもりなのだ
が、福が言うには竹千代は女に興
味を示さんらしい。父上は竹千代
を世継ぎにと決めたが、やはり国
松のほうが良かったのではないだ
ろうか」
「若様は今までお福殿以外は男ば
かりの中でお育ちになったので
す。そのお福殿も男勝りなところ
があり、女の色香をご存知ないの
ですから無理もありません。まず
は女を見る機会を多くして、しば
らくご様子をご覧になってはどう
でしょうか」
「ふむ、まったく世話のやけるこ
とじゃ。それから、今わしがして
おるキリシタンへの処断を快く思
うておらん。わしがどんな気持ち
で処断しておるのか、まったく分
かっておらん」
「それも、若様は戦のことを話で
お聞きになっているだけで、その
惨状はお目にされたことがないか
らでしょう。それより政務にご興
味をお示しになられたことを良し
となさいませ」
「そうかのう。あれが何を考えて
いるのかわしにはさっぱり分から
ん。道春、そなたはこれから
度々、竹千代に会ってその心意を
探ってほしい。それによっては世
継ぎも見直さねば」
「はっ、よくよくお聞きしてまい
りますので、しばらくお時間をい
ただきとう存じます」
「頼むぞ」
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