【長編】戦(イクサ)林羅山篇
崇伝の不安
 寛永二年(一六二五年)
 道春は正月に弟の東舟と共に崇
伝に会った。一通り年賀の挨拶を
済ませると崇伝が話し始めた。
「日光には大勢の見物人が詰めか
けておるそうじゃ。天海殿の狙い
どおりじゃな。それに気をよくし
て今度は寺を築いておるらしい。
まあ、これでしばらくは政務に口
出しはせんと思うが、気になるの
は家光様が天海殿に心酔しておる
ことじゃ。道春殿はどう見ておら
れる」
「はい。上様は天海殿が権現様の
生前のご様子をよくご存知なの
で、それでよくお話を聞いておら
れるだけではないかと思います」
「それだけならば良いが、相手は
天海殿。権現様の名を借りて、自
分の思い通りに操る術も心得てお
ろう」
「それは考えられますが、今はま
だ大御所様が実権を握っておられ
ます。上様が政務にかかわられる
ようになるのはまだ先のことで
す。東舟はどう思う」
「兄上の言われるように今は大御
所様がほとんどの政務をされてい
ますが、しかし最近はよく家光様
とお会いになることが多くなって
いるように思います。政務を任さ
れるようになるのは意外と早くな
るかもしれません」
「それはまずい。今のうちに家光
様と天海殿を引き離すようにしな
ければ。道春殿、そなただけが頼
りじゃ」
「はい、できる限りのことはやっ
てみます」
 三人は不安を打ち消すようにし
ばらく詩に興じて別れた。

 天海は本坊が建立されると年号
をとり寛永寺と名づけ、京の比叡
山に対する東叡山として世間に浸
透させていった。
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