【長編】戦(イクサ)林羅山篇
春日局の奇策
 春日局はさらに続けた。
「世が泰平になれば民は神に何を
望みましょうか。この泰平が末永
く続くこと。それは幕府の政にか
かわることではないでしょうか。
キリシタンは幕府の政を邪魔して
いるので排除されるのです。同じ
ように朝廷が幕府の邪魔をすれば
民は帝からも遠ざかりましょう」
「私は民にとっては必要ないとい
うことか」
「いえ。太陽は民が望む望まない
に関わりなく、常に照らしてお
り、民の暮らしを邪魔しません。
本当に大切なものはあることさえ
気にならないのではないでしょう
か」
「太陽か。では私のしていること
は太陽をさえぎる雲か」
「今は民からそう思われているか
もしれません。しかし雲になるの
は幕府の役目。帝は常に太陽であ
らねばなりません」
「ならば私はどうすればよいと言
うのだ」
「和子様は帝を自由にしてさしあ
げたいとのこと。私はそのお望み
を叶えてさしあげたいと思ってお
ります。もはや朝廷と幕府は抜き
差しならぬ事態になっておりま
す。帝は何度も御譲位を幕府に伝
えられております。こたびまた御
譲位と言われたところで本気には
しません。このままでは公家らも
帝を見放しかねません。ここは誰
にも告げず、すぐに実行されるし
かないと思います」
「それではなおさら公家らからも
信頼を失うではないか」
「それでよいのです。公家らが帝
の御譲位を何も知らなかったとな
れば幕府と対立するきっかけを失
います。幕府も朝廷には何も言え
なくなります」
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