【長編】戦(イクサ)林羅山篇
忠長の独断
 しばらくたった頃、上野と信濃
の国境にある浅間山が噴火し、そ
の噴煙は江戸までたっした。
 浅間山の噴火は過去にもあった
が、この時、ある噂が流れた。噴
火する以前に忠長が近くで神の使
いとされていた猿を狩りした。そ
の祟りではないかと言うのだ。浅
間山は富士山に通じる霊山とされ
ていた。
 家光はすぐに忠長を呼び出し、
問いただした。
「兄上、誤解です。確かに近くの
山で猿を狩りましたがそれは猿が
増えて領民が農地を荒らされ困っ
ておったからにございます」
「そなたの領地でも領民でもある
まい」
「兄上は以前、我らは天下を預
かっておると申されていたではな
いですか。誰の領地であれ領民が
困っているのを助けるのが天下を
預かっておる者の務め、ましてや
神の使いと言われておる猿とあっ
ては領主とて手が出せませぬ」
「それをお前が独断でやったと申
すか」
「お忙しい兄上の手を煩わせたく
なかったのです」
「それが余計なことだと申してお
るのだ。このことで家臣はなんと
思う。相談事は私を通さぬでもお
前に言えば事足りる。それどころ
か家臣が独断で何でもやれると思
うかもしれん。お前は私の家臣な
のだぞ。お前は家臣でありながら
私を兄上と呼ぶ。それは将軍をな
いがしろにしておると受け取られ
てもしかたあるまい」
「……。はい」
「おって沙汰する。今後は兄上と
呼ぶな。上様と呼べ。下がれ」
「……。ははっ」
 このことを知った稲葉正利は兄
の正勝や崇伝に赦免の取り成しを
訴えたが、忠長は初めて領地とし
た甲斐に蟄居を命じられた。
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