【長編】戦(イクサ)林羅山篇
春日局の奥御殿
 詩歌会では長嘯子が題を出し、
貞徳、策伝ら歌人は和歌を道春ら
儒者は漢詩を作って楽しんだ。
 一息つくと皆、家光に重用され
るようになった道春に今後、家光
がこの世をどうしていくのか聞き
たがった。
「私はまだまだ上様に重用されて
いるとはいえません。その上、稲
葉正成殿、正勝殿が亡くなり、後
ろ盾を失いました。残るは福のみ
ですが、こちらは兄のほうがお詳
しいでしょう。頻繁に会っている
と噂に聞きます」
 長嘯子がむせるように咳を一つ
した。
「そのような噂があるのか。これ
は参った。しかし、やましい事は
何もしておらんぞ」
「分かっております」
「福、いや春日局は密かに娘を多
数集め、奥御殿を大きな勢力とさ
れておるようです。大御所様が亡
くなり、上様は正室の孝子様を
まったく受け付けなくなっておら
れるご様子。しかし朝廷との関係
を保つため離縁はされませんで
しょう。問題は世継ぎです。春日
局が密かに娘を多数集めておるの
もそのため。これらの娘の中から
側室を選ばれるようにしておると
申しておりました」
「以前、上様は私に『民と結ばれ
るのが天下泰平を万民に行き渡ら
せることになる』と申されまし
た。大御所様がご存命の時にはそ
のようなことは到底出来ませんで
したが、今は誰も止める者はおり
ません。いよいよ実行にうつされ
るのでしょう。もはやキリシタン
もその力は尽き、異国との交流も
限られたものとなりつつありま
す。これはまさに桃源郷ではあり
ませんか」
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