【長編】戦(イクサ)林羅山篇
菅得庵
 林羅山のもとには徳川家康に呼
ばれ、舟橋秀賢、相国寺の承兌長
老、円光寺の元佶長老との問答を
した後、その噂を聞いた多くの者
が弟子入りを希望してやって来
た。その中に菅得庵もいた。
 得庵は以前、岡山に住み、備前
と美作の領主だった小早川秀秋が
亡くなったのは毒殺ではないかと
の噂が流れた時から医学に興味を
持つようになり、二十四歳になっ
た慶長九年(一六〇四年)に岡山
から京にやって来て、名医と呼ば
れるようになっていた曲直瀬玄朔
に弟子入りした。そこで調べてい
くうちに秀秋を毒殺から救った医
者がいるらしいことを知り、それ
が自分の師である玄朔ではないか
と思い至った。
「先生、私は父母から秀秋様に大
変な恩義を受けたことをよく聞か
されました。その大恩人を毒殺か
ら救った医者がいたらしいと、も
しやそれは先生ではないかと」
「いや、それはわしではない。し
かし、まったくの嘘でもない。さ
るお方の指示で調合した解毒薬に
より秀秋様は回復された。わしは
その橋渡しをしたまでだ」
「そうでしたか。では秀秋様は本
当に生きていらっしゃるのです
ね」
「生きておいでだ」
「先生、私はぜひ秀秋様の側にお
仕えし、父母の恩を返したいと思
います。どちらにおいでなのです
か」
「会ってもお仕えすることは叶わ
んであろう。秀秋様はもうそのよ
うなご身分ではない。しかし、お
前なら何かの役に立つかもしれ
ん。会うだけ会ってみるがよい」
 こうして得庵は羅山のもとを訪
れたのだ。
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