【長編】戦(イクサ)林羅山篇
待望の子
 家光は大詰めの仕事を完結させ
るため平戸からオランダ商館長、
フランソワ・カロンを江戸城に呼
んだ。
 オランダは島原の乱で軍船を派
遣して日本に協力したが、キリシ
タンであることには変わりなくこ
のまま平戸で交易を続けさせるこ
とは考えておらず、長崎の出島に
移るように命じた。
 家光に謁見したカロンもそれを
察していたのか素直に従い、引き
続き交易の権利が得られたことだ
けで満足した。
 これにより幕府は外国との交易
を完全に掌握し、密航船の取締り
を徹底することでキリシタンの流
入を防ぎ、諸大名が勝手に力をつ
けないよう管理し易くなった。し
かし点在する孤島では遭難船を装
い、人命救助と偽って密貿易をす
ることは出来たので、交易を禁じ
られた諸外国が武力を使ってまで
強く抗議することはなかった。
 しばらくして家光のもとにお楽
が懐妊したとの知らせが入った。
 お楽は春日局の部屋子で、父は
百姓だがその後、母が古着商の七
沢清宗と再婚。その店を手伝って
いた時、浅草参りに外出していた
春日局の目に留まった。

 八月三日
 家光が待望していた男子が誕生
した。
 大喜びする家光を春日局がたし
なめた。
「上様、まだ安心は出来ませぬ
ぞ。病弱な上様の血をひいておれ
ば、これから幾度か苦難もありま
しょう。気を引き締めて見守って
まいらねば」
「そ、そうじゃの。福、よろしく
頼むぞ」
 冷静を装う春日局だったが心で
は家光以上に喜んでいた。
 生まれた子の名は自分の幼名で
長生きした家康の幼名でもある竹
千代とした。
 江戸城内は喜びに湧き上がり、
盛大な祝賀を考えていたが、家光
は凶作続きで財政も悪化している
ことを考慮して、質素な祝賀にす
るよう命じた。その威厳がついて
きた姿を家臣らは頼もしく感じて
いた。
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