【長編】戦(イクサ)林羅山篇
春日局の死
 道春が京に行っている間に江戸
では春日局が死の床についてい
た。側には家光と孫の稲葉正則が
必死の看病をしていた。
 春日局は稲葉正成に嫁ぎ、一時
は主君、小早川秀秋のもとを離れ
て没落しかけたが、そこから秀忠
の正室、お江与の懐妊という幸運
に恵まれ、生まれた家光の乳母と
して征夷大将軍になるのを助け、
正則を相模、小田原の八万五千石
の領主に、自分も大奥を取り仕切
るまでになった。女性としては豊
臣秀吉に匹敵する出世だろう。そ
してお楽が家光の嫡男、竹千代を
産むのを見届け、その満足感に浸
るように笑みを浮かべて静かに息
をひきとった。
 すぐに春日局の後任として万が
大奥を取り仕切ることが決まっ
た。
 万は伊勢、慶光院の院主をして
いた尼僧だったが家光の目に留ま
り、春日局の説得を受けて俗世に
戻り、しばらく髪がのびるのを
待って大奥に入り家光の側室と
なった。家光に寵愛されていたが
子はなかった。また、春日局から
も信頼されていた。
 正室の孝子は家光に嫡男が生ま
れても権力争いを諦めてはいな
かった。万は春日局と比べればま
しと思っていたが、公家の六条有
純の娘だと知り、敵なのか味方に
出来るのか推し量っていた。
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