【長編】戦(イクサ)林羅山篇
明正天皇の譲位
 諸家系図の作成も一通り終わっ
た九月に明正天皇が譲位するとい
う話しがあり、道春と春斎は京に
向かう酒井忠勝、松平信綱に副使
として同行するよう命じられた。
 後水尾天皇は突然、譲位してわ
ずか七歳の長女、興子を明正天皇
とし、後水尾上皇となって院政を
おこなっていた。
 明正天皇は誰かに嫁ぐことは許
されず、子はいない。
 秀忠がいなくなり、大飢饉の世
情不安を好機とばかりに後水尾上
皇は明正天皇に譲位させ、徳川の
血を排除する念願を果たそうとし
ていた。
 家光にはこれを阻止する気はな
く、朝廷との関係を改善して大飢
饉を乗り切ることだけを考えてい
た。
 後継の天皇は後水尾上皇と藤原
光子の間に生まれた第四皇子、紹
仁。しかし今は和子が養育してい
るので徳川の影響力が完全になく
なるわけではなかった。また、紹
仁はまだ十歳で粗暴なところが
あったが学問が好きで、道春の師
である藤原惺窩の儒学を特に好ん
だ。そのため道春らに難題はなく
譲位の準備をするための気楽な務
めだった。
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