【長編】戦(イクサ)林羅山篇
幕府の痛手
 七月二十二日に正雪が江戸を発
つのを見計らって丸橋忠弥が捕ら
えられた。それを知らない正雪は
駿府に到着して町年寄の梅屋太郎
右衛門の邸宅に泊まった。
 早朝、邸宅の周りには捕り方が
囲み、正雪は初めて計画が漏れて
いたことを知った。
「策士、策に溺れるとはこういう
ことだな。計画は完璧だったが、
人を信じすぎたか。まあよい。張
良、孔明にはなれなかったが町人
の小僧が幕府を動かせたのだ」
 正雪はそう言うと自刃して果て
た。
 大坂にいた金井半兵衛も正雪の
死が伝えられると自刃した。
 こうして由井正雪の反乱はあっ
けなく終わったが、張孔堂に残っ
た門下生たちが一斉にこの計画の
顛末を吹聴した。その中には紀州
の徳川頼宣が加わっているとか天
皇の関与も噂されるようなもの
だった。
 これが幕府にとって大きな痛手
となった。そしてこの影響から八
月に家綱が征夷大将軍となる宣下
の儀は京ではなく江戸城で行われ
た。
 道春は家綱のために「大学倭字
抄」「貞観政要諺解」を作り、将
軍宣下の儀では宣旨を奉じるなど
した。その褒美に知行地を加増さ
れ九百十七石となった。
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