【長編】戦(イクサ)林羅山篇
朝鮮通信使
 四月に元号が改められることに
なり、道春は協議に加わって明暦
と決められた。
 家綱を補佐する体制も保科正之
のもとで統率がとれるようになっ
た。
 浪人の居場所も確保されて落ち
着き、武力での取り締まりは減っ
ていった。それに代わって法制度
にしたがうように教化する必要が
あり、学問が振興されたので林家
の役割はさらに重要になった。
 道春は幕府から書庫にふさわし
い建物を賜り、神田の本宅に移築
した。これで私塾まで行くことな
く、亀の看病をしながら勉学に励
めるようになったと喜んだ。

 十月に家綱が征夷大将軍になっ
たことを祝賀するため朝鮮通信
使、四百八十五人が江戸に到着し
た。その三使には正使・趙コウ、
副使・愈トウ、従事官・南龍翼が
なっていた。
 三使は家綱に拝謁した翌日、道
春と春斎が家綱に朝鮮国王、孝宗
の国書を読みに現れた時、江戸に
来る途中の大坂で道春が書いた
「五花堂記」を読んで感激したと
褒め称えた。その態度に朝鮮では
道春をよほど恐れていることが伺
えた。
 道春は三使に春斎を紹介し、跡
継ぎであることを伝えた。
 朝鮮国王の国書への返書は道春
が起草し、保科正之、阿部忠秋、
井伊直孝、酒井忠勝、酒井忠清、
松平信綱の書簡は春斎と春徳が分
担して起草した。
< 256 / 259 >

この作品をシェア

pagetop