【長編】戦(イクサ)林羅山篇
道春の最後
 道春の使用人らが慌てて書庫に
向かおうとしたが、春徳がそれを
止めた。
「書物を持ち出してはならん。書
庫は幕府から火災に強いと言われ
賜ったもの。その書庫から書物を
取り出したとあれば、幕府を信用
しておらぬことになる。必ず書物
は残る。お前たちが無理をして無
駄死にしてはならん」
 そう言って春徳は梁書一冊を握
り締めもうろうとし始めた道春を
使用人が用意した輿に乗せ、上野
の別宅に逃げ延びた。
 この大火は二十日になってよう
やく鎮火し、数万人にもおよぶ死
者を出した。
 春徳は本宅の様子を見て戻り、
道春に書庫が全焼し書物もすべて
焼けたことを告げて悔し涙を流し
た。
「そうか、何もかもすべて失った
か。しかしお前の判断は正しかっ
た。ようやってくれた」
 書物は春斎や春徳にも分け与え
ていたのですべてを失ったわけで
はないが、それでも道春の落胆は
ひどく病に倒れた。そして二十三
日に息を引き取った。
 道春の葬儀は二十九日に儒教の
葬礼で質素に行われ、上野の別宅
にある亀や長男、叔勝、東舟の眠
る墓の側に葬られた。
 水戸の徳川光圀は道春の遺志を
継ぐかのように二月から「大日本
史」の編集を始めた。
 道春は幕府に対してそれほど存
在感はなかった。しかし春斎が道
春の後を継ぎ、しばらくして幕府
から束髪を命じられた。これは儒
学者として幕府に仕官することを
認められたということで、春斎は
大学頭と称されるようになり、道
春を林家の始祖としてその功績を
世に広め、春徳と共に儒学を官学
とする道筋をつくった。こうして
徳川幕府の本格的な治世が始まっ
た。

            終わり
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