【長編】戦(イクサ)林羅山篇
江戸の大火
 明暦三年(一六五七年)
 道春は毎年恒例となった元旦の
祝賀に春斎とこの時初めての春徳
を伴って江戸城に登城し、家綱に
拝謁した。こうして儒学者の親子
三人が高い地位につくことは清や
朝鮮の歴史上でも稀で、蘇東坡親
子三人が老蘇、大蘇、小蘇と称さ
れたのに倣い、老林、仲林、叔林
と称し、道春にとって誇らしい日
となった。
 この元旦の夜、江戸、四谷竹町
のあたりで火事が起き、その後も
各地で火事が多発した。
 十七日に家綱が紅葉山の東照宮
に参拝するのに道春も供をした。
その夜、疲れからか気分がすぐれ
なかった。
 十八日
 江戸、本郷で火の手があがり、
町中に広がった。この時、春斎の
邸宅も類焼して家屋は焼けたが幸
い書庫は焼け残った。一旦火の勢
いは治まったが次の日、小石川で
再び火の手が上がった。これが大
火となり大名屋敷を焼き尽くし江
戸城、本丸、二の丸までも焼き尽
くした。そして道春の神田にある
本宅にも飛び火した。この時、道
春は本宅で梁書一冊を読んでい
た。炎は瞬く間に家屋を飲み込
み、道春はこの梁書だけを持って
外に出た。そこに春徳も駆けつけ
た。さらに炎は新たに移築した書
庫にも向かっていた。この書庫は
耐火性に優れている倉のような建
物で火災には強いはずだが炎は容
赦なく書庫にも燃え移ろうとして
いた。
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