【長編】戦(イクサ)林羅山篇
藤原惺窩
 小早川秀秋は林信勝として儒学
を中心としたあらゆる書物を読破
する日々が続いた。
 弟の信澄はその側につきっきり
で信勝の質問に答えたり、難しい
文章を優しく解説した。

 慶長十年(一六〇五年)四月
 京にもようやく春の湿った風が
吹くようになった。陽射しも暖か
く、遠くで鶯の鳴く声が人の心を
うきうきさせていた。
 五年前にあった国を二分する
関ヶ原の合戦の混乱は落ち着き、
その功績で征夷大将軍となった徳
川家康が京での居城としていた二
条城に姿を見せた。長い廊下を謁
見の間に向かう家康の足取りは重
い。それは六十四歳という高齢の
せいではなく、今から会う人物が
藤原惺窩から推薦された林羅山と
いう青年だったからだ。
 藤原惺窩とは冷泉為純の二男
で、藤原定家十二世の孫でもあ
る。明や朝鮮から伝わる書物をひ
もとき儒学や帝王学を説いた知の
巨人で、後陽成天皇や家康に儒学
を進講したこともある。また、門
下には多数の大名や公家がいる。
今は亡き石田三成も門下の一人
だった。 家康は惺窩に再三、仕
官を要請したが惺窩は受け入れ
ず、代わりに羅山を推薦した。
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