【長編】戦(イクサ)林羅山篇
信澄の思い
「はっ。兄上は藤原惺窩先生をは
じめ公家の方々からも指南を受
け、多くの兵や領民を指揮し学問
を実践されたと聞いております。
その成果は目覚しく、領地を復興
させることも叶ったとか。そのこ
とを私はうらやましく思っていま
す。私の家は貧しく、建仁寺で学
問を学びました。最近知ったので
すが稲葉様のご援助があったよう
です。しかし、それでも思うよう
には多くを学ぶことができず、
鬱々とした日々を暮らしておりま
した。このようなことを話します
のは兄上に私の人生をお譲りする
にあたり、私のこれまでを知って
いておいてほしいと思ったからで
す。これが町人という者です。こ
れから不自由に思われることがあ
るかもしれませんが、耐え忍び、
町人の心持で信勝を生かしていた
だければ幸いです」
「分かった。よう話してくれた、
礼を言う。これからはそなただけ
が頼りじゃ。助けてもらいたい。
稲葉様にもよろしくお願い申し上
げます」
 秀秋は町人らしく正成に深々と
頭を下げた。
「殿、今はよろしいではありませ
んか。信澄、わしのことは余計
じゃぞ」
 正成は恐縮して体を丸めた。
 皆からドッと笑いがおき、場が
和んだ。
(この殿様は器が違う。底知れぬ
お方だ)
 信勝は改めて信澄として兄を盛
り上げていこうと心に決めた。
< 3 / 259 >

この作品をシェア

pagetop