【長編】戦(イクサ)林羅山篇
外交文書
 そうした日々が続いたある日、
長崎奉行の長谷川藤広に連れられ
て明の商人、周性如が駿府城に
やって来て家康に謁見した。
 ちょうどその時、道春も家康の
側に座っていた。そこで道春は筆
談により周の通訳をすることに
なった。
「この者が申すには、商船で航行
中に日本の海賊に襲われることが
あり、また明の沿岸にも現れて攻
撃されることもしばしばあるよう
で、困っているということにござ
います」
「その者に伝えよ。このことはこ
の国と明との交流が途絶えている
ためのいさかいで、こちらとして
は交流を再開したいと思ってお
る。しかし、明が受け入れようと
しない」
 道春が家康の言葉を漢文に書い
て周に見せると周も漢文で返答す
る。
「私の国では他国との商売は認め
られているはずで、私の住む福建
の役人に勘合印をお与えください
と申しております」
「あい分かった。すぐに書面を書
くのでそれをその役人に見せるよ
うに伝えよ」
 それが分かった周はほっとした
様子で退席した。
「道春、そなたがあの者に渡す書
面を書け」
「しかし、それは元佶長老か崇伝
殿にしか書けない慣わしになって
おりますが」
「よいよい。後で崇伝に清書させ
ればよいのじゃ」
「はっ、分かりました。それでは
すぐに書いてまいります」
 こうして禅僧以外が書く始めて
の外交文書を道春が起草すること
になり、できあがった書簡の下書
きが崇伝に手渡された。それを読
んだ崇伝はその内容の高尚なこと
に驚いた。
(これは、まるで外交文書の手本
のような書き方。これをあの道春
が…)
 崇伝は書簡を清書しながら、商
人とはいえ明との外交が自分には
何も知らされずにおこなわれ、道
春が重用されていることに、出世
の道が楽ではないことを知った。
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