【長編】戦(イクサ)林羅山篇
以心崇伝
 駿府では慶長十二年(一六〇七
年)の冬に亡くなった相国寺、承
兌長老の後任に南禅寺金地院の以
心崇伝がなっていた。
 崇伝は本格的に始まった朝鮮使
節使との外交文書を書くのが主な
仕事で目立たなかったが、承兌長
老とは師弟関係にあり、まだ残る
承兌長老の影響力を利用して南禅
寺の興隆を狙っていた。道春より
年上だったが、道春のほうが先に
幕府に入ったこともあり、低姿勢
で言葉を交わした。
 崇伝が駿府城の廊下を歩いてい
ると前から道春が書物を山のよう
に重ねてふらつきながらやって来
ていた。
「道春殿、おはようございます。
書物が重そうですがお手伝いしま
しょうか」
「これは崇伝殿でしたか。おおっ
と、おはようございます。お心遣
い恐縮ですが、大丈夫です。毎日
のことですから、お気にならさな
いでください。おおっと」
「そうですか。ではお気をつけ
て」
 通り過ぎる道春の後姿に崇伝は
苦笑した。
(やれやれ、あのような者が仕官
できるようじゃ。幕府というのも
たいしたことはない。わしの出世
も早いじゃろう)
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