【長編】戦(イクサ)林羅山篇
不吉な名
「秀秋、そちは秀秋じゃないか」
 家康は羅山に秀秋の面影を見つ
けるかのように目を見開いた。そ
れでも無表情を続けている羅山は
平然と応えた。
「御恐れながらその名で呼ばれる
のは迷惑にございます。私は林信
勝。今は惺窩先生からいただいた
羅山を名乗っています。秀秋につ
いては惺窩先生から聞いておりま
すが、狂い死んだとのこと、他人
の空似とは申せ、不吉にございま
す」
「羅山」
(羅山、羅山…)
 家康は羅山という名になにか違
和感を感じた。しかし、とっさに
取りつくろうように感情をあらわ
にした。
「無礼であるぞ。秀秋殿は関ヶ原
の合戦でわしがすんでの事で敗北
するところを助けてくれた、いわ
ば命の恩人。また、わしが与えた
備前、美作を見事復興した才知あ
る者じゃ」
「これは意外。御殿様がそこまで
秀秋様を高く評価されていたと
は。惺窩先生からは秀秋様の名を
口にすると御殿様が不快に思うか
らくれぐれも口にするなと日頃言
われておりました。無礼の段平に
お許しください」
「いや、それは違うぞ。惺窩先生
は秀秋殿の名を口にするとわしが
辛い思いをすると察してそう言っ
たのじゃろう。わしは今でも秀秋
殿を早よう喪った事を残念に思う
ておる。そなたが秀秋殿に似てお
ることを誇りに思え」
「はっ」
「ところでそなたの仕官の件じゃ
が。今すぐは決めかねる。後日改
めて家臣と供にそなたの力量を見
定めたい。それまで待て以上
じゃ」
「はっ」
 こうして家康と羅山の初めての
謁見は終わった。
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