【長編】戦(イクサ)林羅山篇
二つの懸念
 片桐且元は落ち着くと、
「大御所様、この戦について道春
殿のお考えを聞きとうございま
す。いかがでしょうか」
「おぅ、そうじゃな。道春、そな
たの存念を遠慮のう申せ」
「はっ。では申させていただきま
す。お恐れながら大御所様の心の
内、わたしのような俗人には驚嘆
するばかりにございます。おそら
くこれが、この日の本で最後の大
戦となりましょう。毒をもって毒
を制するという言葉がございま
す。戦をもって戦を制するのも道
理にかなっております。なんとし
てもこれを成就させなければなり
ません。しかし、これには秀頼様
あるいは淀殿のご決断も必要で、
今、籠城して城を枕に討ち死に覚
悟でおられるのに、堀を埋めると
いう和睦がなりましょうや。和睦
を拒み、なおも籠城して毒により
多くの者が死ぬことになれば、こ
れは戦ではなくたんなる惨殺。こ
の後の幕府への反感は増しましょ
う。男なら武士は武士らしく戦っ
て死ぬことを選びましょうが、淀
殿は女。それが懸念の一つです。
もう一つの懸念は淀殿ははたして
戦い続けるお覚悟があるのか。大
坂城にはいくつか抜け穴があるは
ず。これらは大御所様も登城され
たことがあり、また片桐殿がこち
らにつかれたことで、すべて知ら
れているのは分かっているはずで
すから、すでに埋めておりましょ
う。もし和睦を受け入れ堀を埋め
れば、新たに抜け穴を掘るのは短
くてすみます。そこから秀頼様、
淀殿が抜け出しどこかにお隠れに
なられたら、将来に不安の種とな
りましょう。この二つをどう始末
するかにかかっておるように思い
ます」
< 78 / 259 >

この作品をシェア

pagetop