【長編】戦(イクサ)林羅山篇
道春の旅仕度
 道春は駿府の自宅で弟子らと供
に旅支度で慌しくしていた。
 側で赤子に立つ練習をしている
亀が不満そうな顔をして見てい
た。
「なぜ旦那様が戦なんぞに行くこ
とになったのですか」
「私は戦の様子を書きとめるため
に行くのだ。崇伝殿も行かれるが
一人ではこの大戦を観ることはで
きまい」
「そのようなことは他の者でも、
後から聞いて書いてもよいではな
いですか。危のうございます」
「それでは大御所様が納得せん。
心配はいらん。こたびは芝居の顔
見世のようなものじゃ」
「そうですか。無事で帰って来て
くださいね」
「ああ、その子をよろしく頼む」
 赤子は無邪気に笑い、道春に
だっこをせがんでいた。
「いまはだめじゃ。母を頼んだ
ぞ」
「そのようなことを言われたら不
安になります」
「すまんすまん。もう分かったか
ら、側でごちゃごちゃ言われると
仕度が進まん。外で遊んでおれ」
「はーい」
 亀はしぶしぶ赤子を連れて外に
向かった。
< 82 / 259 >

この作品をシェア

pagetop