【長編】戦(イクサ)林羅山篇
大坂城包囲
 大坂城の南にある茶臼山に布陣
した家康は、少し疲れたように床
机に腰をおろした。その側に宗哲
がすぐに近づき脈診をした。この
時、七十三歳の体には過酷な戦
だったが、天下を子孫に引き継ご
うとする執念が、信じられない生
命力を保たせていた。
 道春は崇伝と供に大坂城を眺め
ていた。
 城の周りを徳川勢の掲げた無数
の幟や将兵が身につけた旗指物が
キラキラと錦に輝いていた。これ
はかつて九歳の時に豊臣秀吉と見
た小田原征伐の光景と同じだっ
た。
 崇伝が独り言のように言った。
「これでは勝負になりませんな」
 誰の目にも徳川勢の圧勝としか
見えない光景だった。
 道春は冷めた口調で応えた。
「そのようですね。私たちが記す
るべきこともあまりないように思
いますが」
「それでよいではないか。まだ寺
にある古記録の写しがやりかけだ
から、早々に帰って続きをしま
しょうぞ」
「はい」
 崇伝は冬の風が急に寒く感じ、
身震いして立ち去った。しかし道
春は一点を見つめたまま動こうと
はしなかった。
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