【長編】戦(イクサ)林羅山篇
帝の勅命
「大御所様の名代ですから、それ
でいいのです。またこうして鎧姿
にお目にかかれるとは」
 二人は感無量で目頭をあつくし
た。
「正成のおかげじゃ」
「いえ。殿のお働きによるもので
す。それはそうと、こたびは兵糧
攻めにするのが上策。しかし出撃
準備をするようにとのふれがきま
したが、これはどういうことで
しょうか。何かご存知ありません
か」
「こたびは兵糧攻めはせん。しば
らく戦った後、和睦するよう
じゃ。大御所様は関ヶ原の合戦で
多くを学ばれた。力ずくで押し通
すよりも一歩引くことで相手をこ
ちらの意のままに動かす。わしら
がそうしたようにな」
「……では、再び大戦をすること
になるのですか」
「そうじゃ。それが決戦じゃ」
「なぜそのようなことに」
「一つには大御所様の体調じゃ。
長期の戦にはもう耐えられん。そ
れに正成にはこれの本当の意味が
分かるじゃろう」
 道春はそう言って持参していた
紙に「国家安康、君臣豊楽」と書
いて正成に見せた。
「それは東山方広寺の梵鐘に刻ま
れた銘文。これを大御所様の名を
分かち、豊臣家を君主として繁栄
を願っていると読み取って騒ぎ、
こたびの戦となった。どうじゃ正
成」
「確かに大御所様の名を分けてい
ますが、豊臣が逆になっておりま
す。これは豊臣の滅亡を意味する
のでは。……家康が東西で国を安
泰にし、豊臣を滅ぼすことは君の
望むところ。……これは、帝の勅
命ではありませんか」
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