【長編】戦(イクサ)林羅山篇
東の帝
「そうじゃ。前の帝は突然、今の
若い帝に譲位された。あるいはそ
のことにこれが関係しているのか
もしれん」
「大御所様が前の帝にこの勅命を
迫り、それを拒否されて今の帝に
譲位されたと」
「もしそうなら大御所様はすでに
帝をも動かす力を手に入れたこと
になる。それどころか大御所様は
帝になろうとされているのではな
いだろうか。西の帝と並び立つ東
の帝になり、いずれは西の帝をも
手中にするお考えかもしれん。帝
を替えるには帝になるしかない。
それが大御所様の考える易姓革命
なのかもな」
「そんなことをすれば世は乱れま
しょう」
「世を乱さないための、この大戦
なのじゃ。武士をことごとく殺
し、その力を奪う。この世で二度
と戦をしないための最後の戦
じゃ」
「このこと淀殿は気づいておられ
るのでしょうか」
「大御所様の仕組んだことは思い
のよらないことだろうが、勅命で
あることはたぶん気づいておられ
る。覚悟を決めての戦じゃろう。
ただし、たんに勅命を受け入れた
だけではないように思う。淀殿は
太閤のやり残したことを成し遂げ
ようとしているのではないだろう
か。正成は朝鮮出兵を武士の力を
そぐためとは感じなかったか」
「今にして思えば、そのようなこ
ともあったのかもしれません。朝
鮮に行った諸大名はことごとく衰
退しております。では淀殿が多く
の浪人を集めたのもそれら武勇の
者を道ずれにして死ぬということ
ですか」
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