短編集

「ちゃんと言えよ、ほんとに。俺、マジで今モテてるよ?すぐ彼女出来るよ」

バカじゃないの?
そんなこと言ってあたしが告ると思ってんの?
告ってあんたは「そうなんだ」って笑うんでしょう。

「多英」
「・・・」
「多英」

どうして名前を呼ばれるだけで胸が高鳴るんだろう。

恋って厄介すぎる。
からかわれるのは嫌だって思うのに、どうしても好きな気持ちに抗えない。

「多英」
「好きだったらどうなのよ」
「どうって、」
「好きだって、あんたが好きだって言ったらどうなんのよ。あんたはどうしてくれんの?」
「どうって…俺の事が好きだって言ってくれたら嬉しい」
「それは誰だって自分のことを好きだって言ってくれたら嬉しいわよ」
「多英は別だけど」
「別だからなんなの?あたしの気持ちばっかり聞いて自分のことは一切言わないじゃない」

ほら、黙った。
絶対自分のことは言わない。

仲良くなった時からそう。
自分のことはあまり話さないくせに、あたしの事ばっかり聞きたがる。
聞くと話を逸らしてうまく逃げて何事もなかったように会話を続ける。

あたしがこのタイミングで告白したところで、あたしに対する気持ちを聞けることはない。
“好き”って言えば“俺も好き”って絶対言う。
でもそれは恋愛感情じゃない。

もう答えはわかってる。
唯一名前を呼ばれることだけでは気持ちをはかれない。
あたしを名前で呼びながらも彼女がいたことだってあった。

「俺からの気持ちが聞ければ告ってくれるわけ?」
「…なに言ってんの?」
「だって、そういうことだろ?俺が多英をどう思ってるか言えば多英は俺を好きだって言ってくれるんだろ?」
「そういう意味じゃ…」

そういう問題じゃないことをどう言えばわかってもらえるのか考えてると目の前に立たれた。

一瞬だけ目を合わせて逸らした目。
ずっとは見れない。

「俺は多英が名前を呼んでくれなくなった理由が知りたいし、その理由が今回の全国模試のあとのことが原因なら嬉しい。他の女と一緒にいるから妬いてくれてるなら期待する。俺はちゃんと多英が好きだよ。これは本当に」

らしくないストレートな言葉にドキドキする。
心臓が止まるんじゃないかってくらい驚いて、そしてその反動が今の鼓動。

倒れちゃうんじゃないかってくらいドキドキしてる。

「多英は俺と違って遠まわしの言葉がダメだってわかってたけど、態度で気付いてくれてると思ってた。…そうじゃなかったのか」

多英も鈍感なんだなー、と言って笑顔であたしを見た。

「はい、次は多英の番」

右手を取られて握られた。
勝手に決められたことだけど、あたしに対する気持ちは言ってくれた。
それもあたしが好きだって言ってくれた。

これ以上嬉しいことはない。
ないけど、どうしても疑ってしまう。
本当にあたしの事を好きなのか、あとで「嘘だけどね!」って言われかねない。
彼はそういう人だから。

「言わないとかナシだから。俺はちゃんと言ったよ?多英も言ってよ」

……言いたくない。
言って両想いならいい。でも違ったらどうする?

…あぁ、逃げたい。

「多英?おい、多英?!」

言いたい気持ちはあった。
言えば何か変わるって思った。
思ったけど、あたしはその勇気がなくて、彼を信用できなくて、・・・逃げた。

「多英、逃げるな」
「逃げてない。バイバイしただけ」

…いや、逃げた。
彼があたしを見るその視線が痛くてその場から立ち去った。

歩いて歩いて歩いた。
しかもちょっと早歩き。
本当はダッシュで帰りたかったけど、不自然だと思ったから抑えて早歩きになった。
逃げた時点で不自然に変わりないけど。

「あのな…」
「明日ねって言ったよ」
「それ、お前の独り言だろ」
「そうだっけ?」

当然、追いかけてきた彼は隣で普通に歩きながらついてくる。
止まるに止まれなくて、でもいつまでついてくるのかもわからなくて諦めて止まった。

「気が済んだ?」

こうなることは予想できてたよ、とでも言いたげな言葉。
頭のいい彼のことだからあたしの行動パターンなんて読めたんだろう。

俯いてどうすることもできないあたしは彼と向かい合い、黙ったままでいた。
どうやったって今のあたしには今の彼から逃げる方法は思い浮かばない。
彼から逃げきれない。

「別に逃げてもいいけど、俺はお前を離すつもりないよ」
「は?」

腕を掴まれて意地悪に笑う。

「俺が優しくしてたのは多英をモノにする為だし、今更好きじゃないとか言われても嘘だって丸分かり。ついでに多英がモテないのは多英に他の男がつかないようにしてたからだよ」

予想外の事実のカミングアウトに何も言えず口が開けっ放しになる。

「もっと上を目指せる俺がここにいる理由なんて一つしかないだろ」
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