ハニートラップにご用心

「え……でも、あの……」


土田さんのことだから心配だなんだと言って渋るかと思っていたので、許可された時のセリフを用意していなかった。


私は学生の頃から騒がしい場所が苦手だった。

クラスの中心となって日々楽しい催し事をする華やかな人達を横目で眺めながら、教室の隅で本を読んでいるような女子生徒A。

それが私、桜野千春の立ち位置。そんな引っ込み思案で地味な私が親睦会と称した飲み会に行くなんて猫の集会に駆り出されたネズミのようなもの。正直に言って、気が進まない。


「行ってらっしゃい。新入社員のための親睦会なんでしょう?仕事の付き合いも大切よ」


私より何年も前から社会に出て働いている人が言うとさすがに重みが違う。

働くには――生きていくためには、繋がりが必要不可欠。私が今ここに何不自由なく居られるのだって、土田さんという繋がりがあったからだ。

それは、わかっているけど……。


「う……で、でも、帰りが遅くなってしまうかも……」

「連絡くれたら車で迎えに行くわよ」

「そ、そんな……!ただでさえご迷惑かけるのに……!」


誰かに聞かれないようにオフィスの端で、業務報告をしているように見せかけて親睦会のことを話していたのだけれど――私の声が大きすぎたのか、オフィスにいた社員達が不思議そうにこちらを見た。

私は慌てて「こ、この資料なんですけどっ!」と手近にあった白紙のコピー用紙を引っ掴んで土田さんに押し付ける。

ただのビジネス上の会話だったのだと思い直してくれたのか、周囲の人はもう私達のことを気にしている様子はなかった。


「いいの。アタシが千春ちゃんを迎えに行きたいのよ」


白紙のコピー用紙を元あった自分のデスクに戻して、土田さんはにっこりと微笑んでみせた。

私に向けられたこの無条件の優しさが、果たしてどういう意味があるのか。私にはまだわからない。


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