ハニートラップにご用心

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「それでは、カンパーイ!」


煙草の独特な煙の臭いに包まれた店内。掘りごたつの和風な小上がりに、木製のテーブル。その上に掲げられた数々のビールジョッキを眺めながら、私は白目を向いていた。

会社からそう遠くはない、駅の近くにあるよくあるチェーン店の大衆居酒屋。私はそこの一室に同じ数だけ集められた男女の中の一人として存在していた。


急に開催されることになったらしい親睦会。
そして、ただの女性事務員達の会だというのに着替えるから一度帰ると言い再び現れた女性社員達の気合いの入り様。

こんなに違和感があって、どうして私はここに来るまで何も疑問を抱かなかったのだろう。気付くタイミングはたくさんあったはずだ。


「せ、先輩……これって……」


私を親睦会と言ってこの場に誘い出した先輩の白いワンピースの裾をちょいちょいと摘んで、こっそり耳打ちをする。

先輩が振り向くとバサバサのまつ毛にゴテゴテのネイル、厚塗りのファンデーションにチーク、主張の強い紅いルージュが目に入って思わず圧倒される。

少し視線をやれば、大胆に開いた胸元を強調するようにネックレスが揺れた。


「ごめん、親睦会って嘘でもつかないと千春ちゃん絶対来ないと思って」


そう言ってぺろりと舌先を出して悪戯っぽく笑った小悪魔に、私は卒倒しそうなほどの強烈な目眩を覚えた。


「これってやっぱり……」

「うん。合コンよ?」


さらりとそう言った派手な先輩に再び目眩を起こす。今度は頭痛までしてきた。

――学生時代に噂で聞いたことがある。華やかな世界とは無縁だった私が完全に都市伝説のようなものだと思い込んでいた、俗に言う"合同コンパ"だ。


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