ハニートラップにご用心
「私……ちょっといいなって思った人に、ホテルに誘われて」
私の言葉に土田さんは答えない。私は膝に置いた手をぎゅっと握り締めた。鼻から深く息を吸えば、冷気で肺がヒリヒリと痛む。
「着いて行ったんです、私」
そこまで言って、土田さんは私に一瞥をくれて一瞬何か考え込むように視線を下に落として、また前を見た。
今から一時間ほど前だろうか。明日も平日で仕事があるということで、日付けが変わらぬうちに解散となった。それぞれが挨拶を交わして、私も帰ろうと足を踏み出して――手を掴まれた。
「山本さん?」
「桜野さん、行かないで」
私の手を強く握りしめて、苦しそうに山本さんにそう言った。言われたことの意味がわからずに聞き返そうとすれば、それを阻むように手を引かれて気付けば彼の腕の中に収まっていた。
そこからの記憶は曖昧で、確かに覚えているのはいつの間にかホテルの一室、ベッドの上で彼と見つめ合っているところからだった。
「いい?」
優しく肩を抱かれて、触れ合った部分から彼の声が振動となって全身に響く。肩に置かれた手がゆっくりと腕をなぞって腰まで降りてきて、私はゆっくりと顔を上げた。
「あの、私……初めてで……」
消え入りそうなほどに小さな声でそう告げると、山本さんの手がピクリと動いて、止まった。それから軽く肩を押されて離された。私は弾かれるようにない顔を上げた。
「やめよう」
そう言って、彼は天井を仰いだ。
「初めてなら、きちんと思いの通いあった人とした方がいいよ」
「で、でも……」
この機会を逃したら、もう山本さんとはなんの繋がりも持てないかもしれない。
付き合ってもいない人とこんな風になるなんて良くないことだってわかってはいるけど、止められるほどその時の私は冷静ではなかった。
私が食い下がろうとすると、山本さんは優しげな表情から一変、めんどくさそうな顔をして私の口を手で塞いだ。