イジワル外科医の熱愛ロマンス
「本郷さん、お疲れ様」

「す、すみませんでした! 本当に……」


私は慌てて立ち上がり、九十度の角度で深々と頭を下げた。


「いいよいいよ。ちょっとズボンが濡れたくらいだったし」

「う……」


木山先生はそう言ってくれるけれど、彼が身に着けるくらいだから、相当上質なスーツだ。
私の手から滑ったビールの大瓶に、それほど中身が残っていなかったおかげで、水浸しの大惨事とまではいかなかったものの、彼のスラックスの膝辺りがびっしょり濡れてしまったのだ。


さすがに脱いでもらって手洗いするわけにはいかず、クリーニング代をお支払いさせてもらおうと思ったのに、それに対しても「いいからいいから」と、手をヒラヒラと振られてしまった。


「本当に、申し訳ありません。最近、特に木山先生にはいろいろと……」


私は何度もペコペコと頭を下げた。


そう、思い返すとキリがないくらい。
文献タイトルの間違いから始まり、講義資料作成時のミスタッチに、コピー部数間違い。
手配を頼まれた応接室の使用申請で、部屋の指定を間違えてしまったり……。
もう本当に、信じられないくらい木山先生に迷惑をかけている。


今度、きちんとした形でなにかお詫びさせてもらわないと。
彼を前にして、私は改めて自己嫌悪に陥った。
< 100 / 249 >

この作品をシェア

pagetop